卒業論文でも、修士論文でも、明治期の言文一致運動で活躍した、二葉亭四迷や山田美妙、尾崎紅葉らの文章に興味をもって、その理論と実践のあり方を考えてみました。それ以来、主に江戸後期から明治期にかけての日本語資料に関心をもって接してきました。博士課程に進学したとき、恩師から「もっと単位を小さくとってみたら?」というご助言をいただき、個別の語の使用される背景を考えるようになりました。これは、語源研究とは異なり、その語の意味や用法の変化をたどり、記述することに心がけてきました。いわば、ことばの履歴書を作る作業のようなものです。たとえば、「姉妹」という語は、本来、同じ親子関係にある女性どうしを言いますが、「姉妹都市」などのように、同類を表すときにも使われます。私が調べてみたところ、明治期に「姉妹艦」のような例が多く見つかりました。背景には翻訳の際に西洋語に見られる名詞の性差が関係していると考えました。また、日本語では口頭語で「キョウダイ」と言うときは、必ずしも男性だけでなく、「女のキョウダイ」のようにも言えることから、「シマイ」は「キョウダイ」ほど日常語的ではなかったので、類義関係を表すときに転用するには都合がよかったのではないかと推測しました。20世紀に入ると、書籍の「姉妹編」、「姉妹校」なども例の数が増え、次第に広がる様子も観察できました。ちなみに日本では、「姉妹都市」の関係を結んだ例は、第二次大戦後でした。このような語の用法の変化や広がりを調べることを語誌と呼んで語源研究と区別します。こうした個別語誌の研究は多くの用例を観察する必要があるので、なかなか前に進みません。関連する語も調査する必要があるので、1語を調査するために、その数倍の語を対象とする必要があります。
一般に、語の意味や用法を記述し、原則にしたがって配列したものを、辞書と呼びますが、私の研究を支えてくれるのは、近代の多様な辞書です。辞書自体の研究と、語誌の研究は切り離せません。したがって、私の研究の一面は、辞書づくりとも関係しています。2022年には、『新選国語辞典 第10版』を刊行しました。辞書づくりの現場とかかわるようになったのは、大学院生時代にアルバイトとして『大辞林』という辞書の資料整理を行っていたことによります。そこで多くの先生と知り合いました。ことばの意味を簡潔に過不足なくまとめる苦労は今も続いています。
私は現在、留学生の日本語教育にたずさわる日本語・日本文化教育センターを本属としていますが、日本語を母語とする学生も、留学生と同じように問題意識をもって、日本語の意味や用法をとらえてくれればと願っています。
(2024/4/1)