なぜ英語は世界的な言語となっているのでしょうか。なぜ英語にはアメリカ英語やイギリス英語など様々な変種が存在するのでしょうか。なぜ英語には規則動詞と不規則動詞が区別されているのでしょうか。なぜ英語では発音とスペリングが一致していないことが多いのでしょうか。
英語学習者のための相談室かと思わせるような素朴な疑問が並んでいますが、このようなプリミティヴな問いに対して歴史的観点から迫っていくというのが、私の研究姿勢です。専攻分野は「英語史」です。とりわけ中英語期(1100年~1500年)の語形やスペリングに関する問題に長い間取り組んできました。英語の古文を扱う分野ですので、多くの英語学習者から、いかにも難しそうという印象をもたれます。確かに、英語は歴史を通じて著しく変化してきた言語ですので、古い文献を読むには現代英語の知識だけでは歯が立たないことも事実です。さらに、標準語というものが確立していなかった時代の英語を相手にしていますと、through のような前置詞1つをとってみても515通りもの異なる綴り方があるなど、カオスの世界に放り込まれたかのように錯覚することもあります。しかし、冒頭に挙げたような現代の英語について発せられる様々な問いは、実のところ、このカオスまでさかのぼっていくことで解決することが多いのです。
ナイーブなまでに原始的な問いから始め、問題を歴史的に掘り下げ、いったんカオスの世界にはまりこんでみる。そこでもつれた糸を解きほぐそうと必死になり、最後になんとか整理できたところで、やさしい言葉での説明を試みる。やさしい問いこそ本当は難しいものですが、その難しいものと格闘し、やさしい言葉でまとめあげる。英語のあらゆる側面について考察し、このエントロピー減少のサイクルを回し続けることが、私の研究上の使命だと考えています。そのために、日々子供が抱くような素朴な疑問を探し求めて放浪しています。学生との議論や雑談から得られるインスピレーションも、しばしば値千金です。問いを探し続けることは問いを解くことと同じくらいエキサイティングな行為で、学術研究の醍醐味だと考えています。
(2022/4/1)