中世・近世のアラブ史、なかでもマムルーク朝期(1250-1517)とオスマン朝期(1517-1798)のエジプト社会史をもう40年近く研究しています。この時代に30~40万の人口規模だったカイロに関する論文を特に多く書いてきました。このナイル河岸の巨大都市は、20歳代後半に2年余りそこで留学生活を過ごした私にとって、かけがえのない思い出のある「都」です。数年前、イブン・アジャミーというオスマン朝期の州都カイロの計量士が孤独に執筆した、アラビア語の未活用史書『マバーヒジュ(喜悦)』と出会いました。その独特の世界に魅了され、唯一の自筆稿本を所蔵する図書館があるドイツ・テューリンゲン自由州のゴータという町に足を運び、実際に手に取って精査する機会に恵まれました。またその場で、『オスマン朝の歴史』と後代に名付けられた別のアラビア語史料が『マバーヒジュ』の続篇で、同一筆跡の自筆稿本であることを確認し、驚喜しました。16世紀末~17世紀初頭のエジプト州の歴史を扱うこの二つの手稿本には、高等教育を受けながらも商館や取引所での商品計量を生業とした中間層の教養人の視座から、カイロと周辺地域の様々な出来事、彼が居住したナイルの河港ブーラークを中心とした州都の空間や人々の実態が詳述されています。参詣仲間とのカイロ南郊の聖墓巡りや市内観光、父親が経営上のトラブルから殺害された衝撃的事件、「生ける聖者」との交流、家族連れのメッカ巡礼、ナイルデルタの地中海港への出張などの個人的体験の記録に加え、食料や必需品の物価変動などの経済情報、ワクフ(寄進)制度を利用した都市開発の実状、さらには州総督とムフタスィブ(公益監督官)の市場行政への痛烈な批判なども盛り込まれており、計392葉に及ぶ二つの史書はまさに独自情報の宝庫といえます。手書きの文章を解読し、多彩な記述内容を同時代の諸史料や先行研究に照らして吟味する作業は、地味ですが心躍る仕事です。誰も注目しなかった一市民の歴史家が開示してくれる濃密な小世界を、大きな歴史的展開の中に位置付け、その意味を探ってゆくことで、新たなアラブ地域史像の構築につなげられればと思っています。
(2022/4/1)