私は中国文学専攻で中国古典文学を担当していますが、長く、附属研究所斯道文庫におりましたので、和漢(日本・中国)の古典籍全般に亘る書誌学研究(古書の成り立ちや流通、所蔵、興廃)を専門領域としています。中文専攻の学生諸君には、中国印刷史、中国目録学、中国文学文献学、古典籍蔵書の歴史などを講じております。例えば、『論語』、最もポピュラーな古典ですが、中国ではあまりいいテキストが伝わらず、日本の鎌倉時代から室町時代にかけて書写された古写本は最も優れた(原本に近い)ものとされます。こうした漢文資料を日本全国の図書館・文庫・寺社などで調査発掘するのが仕事です。中国では、印刷本、日本では、古写本(古い手書き本)に価値あるものが見いだせます。この古写本の収集では慶應義塾図書館は日本有数です。また、中国では、宋時代(10~13世紀)に印刷された古典は書物の王様と呼ばれますが、それも、中国ではすでに失われて伝わりませんが、日宋貿易などにより古く日本に伝わって今に遺されている貴重なものがたくさんあります。そうした埋もれた貴重な典籍を捜索するのも私の仕事です。更に、中国では清の時代(17~19世紀)、日本では江戸時代(17~19世紀)に、読者層の増加とともに大量の漢文古典籍が出版されます。こうしたありふれた資料を整理・分析するのも研究対象となります。書物を愛した中国の収集家(蔵書家)は歴史上、何千人も知られています。彼らを日本に紹介することも中国文化の理解を深める大切な学問だと思っています。そういう意味では、漢文学(中国古典)図書を通じて東洋文化の研究に従事しているということになります。福澤先生は、西洋文化輸入の先駆者であられましたが、その根底には、若き頃、白石照山(漢学者)から受け継いだ漢学のずば抜けた学殖があったということを、『福翁自伝』から学びなさいと、日吉の学生諸君には申しておるところでございます。
(2020/04/01)