私は、人々のさまざまな営みを、その営みに関わる人々の視点から理解することにこだわる、エスノメソトドロジーという学際的なアプローチをとって研究をしています。「エスノ」は「人々の」という意味で、エスノメソドロジーは「人々の方法」となります。研究者による「理解のための精緻な枠組み」を用意して営みを理解することが社会科学における通常の研究方針です。それに対して、エスノメソドロジーは、人々が実際に使っている方法を理解することを通してリアリティーを理解するという方針をとります。対象は同時代の人々の活動であることがほとんどですが、書かれたテキストを人々による実践として理解対象とすることもあります。私は、このような方針に基づくことで、人々が想起もしくは共有する知識を営みの実践から切り離さずに理解し、組織や集団における知識の共有や創造、継承などの問題を考察することに関心があります。
現在、文部科学省の補助を受けて行なっている研究「市民の健康支援のための価値互酬型サービスを支える知識共同体の構築」では、1)患者・家族を含む市民がどのような文脈において医療や健康に関する情報をアクセスするに至り、どのように意思決定に至るのか(情報実践の理解)、2)市民の健康情報をアクセスする機会を専門機関として提供する医療機関の相談支援センターや患者図書室において、スタッフがどのように市民に適切な情報を選び、それを提供しようとしているのか(専門機関サービス実践の理解)、3)市民にとって敷居の低い機関として公共図書館は健康や医療についてどのようなサービスを提供しようとしているのか(公共図書館サービス実践の理解)の3点を、インタビューや、現地に訪問してサービスを実施していらっしゃるところに可能なかぎり参加して理解を深めています。こうした理解を通して、様々な状況にある市民が必要なときに健康・医療に関する情報をさまざまな形で得られるような環境を作って健康支援をしていくには、何が必要なのかを探っています。
次の段階では、公共図書館、がん相談支援センター、患者図書室がさらに市民の健康支援の拠点となっていくために、連携や知識共有を容易にしていくような仕掛けを創るには何が必要なのかを考えていこうとしています。公共図書館や患者図書室の方々、国立がんセンター、がん相談支援センターの方々、そして図書館情報学の研究者と一緒に、価値互酬型サービスを実践のレベルで支えるような「知識共同体の構築」のあり方を考えているところです。
もともと私と医療との関わりは、20年前に高度救急救命センターで当直医の方々とご一緒しながらいわゆるERと呼ばれる場面をフィールドワークさせていただいたことに遡ります。その他にも大学図書館のレファレンスサービスや分類作業、公共図書館のビジネス支援サービスも理解の対象としてきました。一時は米国のパロアルト研究所に身をおき、情報システムのデザインを考える上でフィールドワークをどう生かしていくか、そして仕事の仕方を実践者の方々と共に再デザインする方法を考えていたこともあります。
こうしてみると、私の研究はフィールドが多様できわめて無節操に見えると思います。人々の営みを理解することを重要視する方々の求めに応えてきた結果なのですが、一貫して通底するテーマは、人々の実践の理解を踏まえながら、知識の共有や継承、情報サービスのデザインを考えることです。これまでの研究におけるあらゆる経験が現在進めている研究に生きていると思っています。
(2016/11/30)