概要
近年の計算機の性能向上や研究の進展により、機械学習や人工知能といった分野が大きな盛り上がりを見せている。IBMのチェスコンピュータ「Deep blue」がガルリ・カスパロフを破ったのが1997年、情報処理学会の将棋コンピュータ「あから2010」が清水市代女流王将を破ったのが2010年、Googleの囲碁プログラム「AlphaGo」が柯潔九段を破ったのが2017年である。現時点で、チェスや将棋、囲碁のような完全情報ゲームでは、人類はコンピュータに勝つことはほぼ不可能といってよい。また、機械翻訳や画像認識など、従来から存在はしていたものの実用的には不満が多く、「人間がやったほうがマシ」と思われた機能の性能も格段に向上した。こうした「人間知性の敗北」を支えているのが機械学習や人工知能技術であり、その背景には、我々が知性と呼ぶものの一部を数学的に形式化したもの、あるいは我々が知性と呼ぶものとは全く別の要請によって作られたものが結果として成し遂げたものがある。
心理学者が、機械学習や人工知能に関心を持つ理由はさまざまである。学習や知能、知性という問題は、長らく心理学の研究対象であった。心理学者が研究対象としてきた「生きている泥臭い知性」と、機械が成し遂げた「形式的に漂白された知性」は、同じものなのだろうか、全くの別物だろうか?また、機械学習の多くは高度な統計的手法に立脚しているため、実験や調査によってデータを取得し分析している心理学者にとっては、自らの研究に応用することが可能かもしれない。要因計画によってガチガチに統制された実験で得たデータだけでなく、臨床場面でのデータや質問紙・インタビューデータなどの分析には有用な方法になるのではないか?このように、基礎・応用の両面から機械学習や人工知能に関心を持ち、できればある程度の知識を持っておきたいと考える心理学者は多いと思われる。
今回の勉強会では、こうした機械学習や人工知能に関心を持つ心理学者を対象に、実際のところ機械学習や人工知能とはどういうものなのか、心理学が扱う学習や知性とどう関係するのか(しないのか)、技術的基盤は心理学の研究にどのような応用が可能なのかを模索する。そもそも、心理学者の持つ機械学習や人工知能への関心の持ち方が全くの的外れである部分もあり得るし、機械学習と人工知能を同じものと考えるようなある種の誤解も存在する。そこで、最先端を理解することを目指すのではなく、心理学的関心としての学習や知性と機械学習や人工知能を接続すること、技術的背景のポイントを紹介して自らのデータ解析への応用可能性を探ることを目的とする。